すれ違う人が美しい 渋谷公園通りのキャッチフレーズ

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渋谷という街は、不思議な街です。地下鉄銀座線が、地「上」3階を走っています。
駅は、すり鉢状の底の部分にあって、公園通りやセンター街など、網の目のように外に道路が広がっていきます。区画整理されているわけではく、道は、まるで有機的に広がっています。

1970年代。PARCOというファッションビルが、そんな坂の上、駅から500メートルのところに出店するとき、関係者のほとんどは失敗すると思っていました。なぜなら、百貨店は駅前にあるものだったからです。そして、お客様は、買い物で坂を上ることはいやがると考えられていたからです。

当時の渋谷は、新宿や渋谷と比べると、街としては寂れていました。500メートルのぼっても、その先には、代々木公園が広がるだけです。

でも、ここに一人。才覚のある男がいました。日本ではじめて、道に名前を付けました。「県道○号」でなく「公園通り」。お役所との話し合いが大変でした。今はなくなりましたが、道には、ヨーロッパ風の電話ボックスをつくりました。道の風景が変わりました。当時のお役所、電電公社を説得するのに大変でした。

途中のあいている駐車場の壁に、絵を描きました。「ウォールペイント」と呼びました。あまりお金がなかったので、新人のデザイナーやコピーライターに宣伝をお願いしました。糸井重里さんという人も、その中にいました。

男は、単なるファッションビルの出店を、「街づくり」という言葉に変えました。

実は、その人にあこがれて、私は、最初のビジネスマン人生をこの会社、PARCOではじめました。
男の名前は、増田通二。
ぼく自身が、あこがれている経営者。

今でも、憶えています。公園通りのキャッチコピー。

「すれ違う人が美しい」

そう、場をつくる天才だったのです。